2015年8月15日土曜日

親の曲解が子供を不幸にする

こんにちは。
今日はブログの記事をたくさんアップしています。
それだけ書きたいことや書かねばならぬことが山のようにあるからなのです。

先ほどは「自己を空しくしなければ親の望むような就職はできない」というようなことを書きました。これは嘘でも何でもなく現実です。
以前の記事に私はこう書いた。(2015年2月28日の記事)
この現実を前にして、私は相当悩んでいる。
というか、「親の言うとおりに再就職するとしたら、これは相当の覚悟と期間が必要なのではないか。それを分かった上での親の言動なのか」という疑問が以前から湧いていた。
これができる人にならないといけないのが今の私。それを邪魔しているのが私が築き上げた経験であり実績。
そのような状況に置かれる人というのは、やはりごく限られた人。言い換えれば
何か一つでも輝かしい大きな実績と経験をした人でないと、このような状況に直面しないし、その中でもこのようなリセットが必要な状況に直面するに至る人はさらにごく限られた人なのが現状。
発達障害や精神障害を抱えた人にとって、これはかなりの困難を伴う。場合によっては1年や2年では終わらない。下手をすると5年以上かかる。これに取り組みながらの転職活動は、できるなら回避した方がよい。なぜなら
その間にも生活していかなければならないのが現実
だからである。

親の言っていることに対して「これは困難の極みだ。可能な限り回避した方がよい」と常々感じていたが、その理由がここ数日の間でやっとわかった。

とある。
結局親の人生を歩むには、自分をすべて否定し、自分をすべて空にする必要があるということをこの記事で言いたかったのである。
私の器をすべて空にしないと、新しいものが何も入らないというのが今の自分の現状なのである。
ちなみに、バルーン業界も激変しており、この業界に骨をうずめるなら、それこそアンラーニングが必須の状況。こちらについても別に記事にしている
だから私はいまさらバルーン業界に現役復帰しようなど考えていない。

そのような状況をすべて総合して、自己分析を行い、結論を出した。
私がとっている行動はすべて現実を見据え、現実的に可能な方法で動いている。できる範囲でできることをするのが今の自分の生き方であり、それを積み重ねることによって再自立をするというのが現実に即した生き方である。だから私は可能な方法で可能なことをやっているのである。
バルーンで生計を立てるのは難しいので、他に在宅で仕事をしたりしているのである。

その結論に親が食って掛かった。
当然私は激怒する。
ここ数日迷走と取れなくもない状況になっているが、親のやっていることはとてつもなく大変なことを私に要求していることと考えており、悩んで悩んで結論を出したものを鶴の一声でひっくり返すことを考えているとしか私には思えない。
2年前、再就職活動に取り組んでみて分かったことは、「運と縁」であり、そこに努力はない。結局合計で40社近くに不採用になった。当時広島で最も信頼できる障害者専門のエージェントの方と就労移行支援施設の支援者の方たちに支えられてこれである。しかもこの支援者の皆さんは転勤になったり、別の就労継続支援施設に移るなどした。私はこの就労移行支援施設に戻らないことにした。
今度仮に再就職しようとするなら、別の就労移行支援施設に行くつもりである。
就労移行支援施設の利用は最大で2年である。もし2年たっても就職できない場合、就労継続支援施設に行くことになる。雇用型がA型であり、非雇用型(すなわち昔の授産施設)がB型である。このB型の役目が変化しつつあり、そこでバルーンをやろう、という動きがあって、私も動いてきたのが本当のところなのである。
B型の工賃が10000円程度というのがこれまでの現実で、これでは到底生活できない。これを上げるのが今の福祉行政の課題と位置づけられている。そこでバルーン、という話になり、ここまで進んできたのだが、全然売れない。9月から抜本的な見直しを進める方針である。
再度言うが、
就労移行支援は2年しか使えない。2年間で就職できなかったら、就労継続支援施設に行く必要がある。
大事なことなので、繰り返しました。
つまるところ、就労移行支援施設が「障害者の居場所」になってはいけない。本来なら「訓練施設」なのである。しっかりした訓練とサポートを受けて1年近くかかって40社近く受けてやっと1社に採用されるのである。これが現実である。

親はこの現実が分かっていない。

そして私は、就労移行支援に頼れないから、自分で勉強し、自分で探し、自分で道を見つける必要がある。

これらの全体像を親は全く理解していない。それどころか「あなたに障害はない」という。

このような現実に耳や目をふさぐ両親はすなわち毒親だが、儒教の教えによれば「よしんばそのような道を踏み外した親と言えど、子供は従う義務がある」という。
今就活の用語に「オヤカク」なるものがあるという。中小企業やベンチャー企業に入社するのに親の確認が必須ということからこの言葉が生まれたというが、私の両親はこのような「オヤカク」を是としている。そして親が子供の就職後のケアに対しても確認したいのだろう。地元の有名な某ソースメーカーは親との連絡を緊密にしているというが、そのソースメーカーは過去に過労死を出している。
就活は今や親にとっては「子育て最終決戦」とまで言われているが、私の親は
子育て再試合
をやっているとしか思えない。それどころか
場外乱闘
のレベルだ。子育てで子供に対して異種格闘技をするような親は
曲解している
としか思えない。心配の域を超え、毒親の領域になる。そういう親に私は
あなたたちの望むとおりにするのなら、私はすべてを空にして全くの無の人間としてやっていくしかない
ということを宣言している。キャリア否定とはそういうことであり、背景に
親の強い否定
がメタメッセージとして隠されているのである。「オヤカク」をするような親とも違う。結局このような親のために子供は不幸になってしまうのである。

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