おはようございます。
昨日は親のあまりのひどい発言にドメスティックバイオレンスが発生し、後片付けが大変でした…
怒りのあまり↓のような記事を書きましたが、アメンバー限定にさせていただきます。とても読むに堪えられないような内容ですので。
その親のひどい発言ですが、
私の40年近くの会社人生、やり遂げたことは一つもない
というのが父親の発言。
耐えることが生きること
というのが母親の発言。
こうなると価値観の違いと言わざるを得ません。
つまるところ、私の両親は
なりたい自分がなかった
のです。
ただがむしゃらに働けば豊かな生活が手に入る…
これが高度経済成長下の日本のスタンダードだったとはいえ、あまりにも悲しすぎる人生だと私は思いました。
とどのつまり、私の両親は
人生を謳歌することがなかった
のです。
このような両親が、子供の人生を謳歌する姿を見ると、
子供に反感を覚えることがある
そうです。
こうしてみると、「本来やってはいけない行為」を繰り返す私の両親の一連の行動も理解できます。特に母親はある意味哀れです。薩摩藩の郷中教育由来の厳しすぎる躾を受け、それが当然だと反抗することもなく、その結果子供にも同じように暴力を伴う厳しい躾を行ってしまい、結果自我に目覚め、自立してしまった子供に対し過干渉をした…背景にあるのは子供への依存であり、最後は
共依存
になってしまったのです。
一方で父親は確かに仕事で不在がちでした。その一方で暴力もありました。その父親もまた
ただ目の前の与えられた仕事をこなすことだけに専念していた
のです。そこにはビジョンもなければ、理想もありません。
一方の私は、ビジョンも価値観もあります。理想は見失いましたが、ビジョンと価値観は少なくとも両親よりははるかにしっかりしています。10年以上のプロバルーンアーティストの経験で、両親が築くことができなかったビジョンや価値観を作ってしまったのです。
そして今、企業経営は「価値観の共有」という方向に流れ、入社時の選考において最も重要視されるのが
提示した企業の価値観に自らの価値観がいかに近いか
ということなのです。たびたび最近取り上げている
「誰をバスに乗せるか」
ということが最重要視されているのです。どれだけ応募書類を綿密に準備しようと、どれだけ面接対策を重ねようと、企業の価値観と合わなければそれまでなのです。今、組織の一員になるということは、そういうことが求められているのです。
時代は20年前と大きく変わったのです!
そのために言われているのが
組織再社会化
学習棄却
自分の器を空にする
という、一連のことなのです。一度自分を壊し、空にしないと組織に入れないという状況が起きているのです。それには自ら築いたビジョンや価値観は邪魔ものにしか過ぎないのです。
自ら築いたものを壊して、新たな自分を作るには、少なくとも数年の時間がかかるとされています。その過程を通して再就職活動をするとなるときわめて厳しい状況になるのは自明の理で、しかもそのようなシステムが日本には非常に少ないのが現実なのです。私が知っている限りでは
管理者養成学校(=「地獄の訓練」)
ごく一部のブラック企業
ぐらいしかありません。これらに入れば短期間で価値観を変えることができるとされています。
この現実が両親はわかっていません。それどころか現実を分かろうとしません。だから私は爆発してしまったのです。
かくいう私はビジョンの再構築が進みつつあります。もちろん今まで築いた価値観がベースです。これが現状一番早い自立の方法であると私は考えています。
そして就労移行支援施設。
価値観を見つけることができなかった発達障碍者などが価値観を見つける場になりつつあります。そして価値観とビジョンを築き上げて、就活に臨むという場所なのです。
価値観とビジョンのない状態での就活は空転を繰り返すのみです。
そればかりか、
価値観とビジョンに逆らう就活は空転を繰り返すばかりでなく、自家撞着を惹き起こし、自己存在感を喪失するもととなり、最後は破局的な結末を迎える危険すらあるのです。
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