こんばんは。
このところブログの更新が途絶えていました。
今、私は自分が勤務する会社が今後も発展していくために何をしていくべきか、会社と従業員が共に成長し合える会社作りには何が必要か、というテーマに仕事として取り組んでいて、そのため連日多忙です。
その中で「反面教師」にしなければいけない事例にいくつか接しました。
今月3月はそのテーマを軸に複数回ブログとして記事にすることにしました。
「職場の教養」という本があります。これは働くにあたっての心構えを説く本で、あくまでも「手段」です。詳しい内容は「職場の教養」で検索してください。検索すれば分かる通り、一種の道徳本です。「何のために働くのか」を認識させるための本です。
ところが、これが「職場の強要」と一部で揶揄されています。理由は簡単で、これが「独り歩き」し、「活力朝礼」だの「朝礼コンテスト」だのというものが存在し、それ自体が目的と化しているのです。これは明らかな
目的と手段の混同
と言わざるを得ません。
また、仕事の基本はいわゆる5Sです。
整理整頓清潔清掃躾
躾のみ赤文字で強調しました。
これには理由があります…このシリーズで取り上げますが、今日は別の問題を取り上げるので、機会を改めます。
先日、私は以前勤務していたバス会社の職場を訪れる機会がありました。
その時びっくりしたのが
変化の推移
私が勤務していた当時、若干荒れていたとはいえ、ある程度整理はされていました。かれこれ18年前、1998年ごろのことです。
私が退職した後、職場はリストラの嵐が吹き荒れたこともあり、荒廃が進みました。そして…
会社の倉庫は
化け物屋敷
と化してしまいました。
私が精神疾患に苦しみ、バルーンからいかにして足を洗うか模索していた2013年ごろ、このバス会社はとある会社の経営指導を受けていました。その会社がとった指導は
徹底した整理整頓
でした。
これが手段のうちは問題ありませんが、いつの間にか
目的と化してしまいました。
本来起きてはならない
手段と目的の混同
が起きてしまっていたのです…
こうなると
ブラック企業へまっしぐら
です。
その決して犯してはならない過ち
「目的と手段の混同」
かくいう私も犯していたのです…
早い話、旧Y's Dreamもまた
目的と手段を混同していたのです!
私は以前勤務していた職場で、あるものを目にしました。
その時、私は
この会社に見切りをつけてよかった
と率直に思いました。
聞いた話、一連の流れの中で、複数の当時の仲間たちがこのバス会社に見切りをつけたそうです。
このバス会社は私が退職した数年後に希望退職者を募り、その後、会社分割をしています。規制緩和というバス業界を襲った荒波に対応するために会社分割をしたようですが、その後も苦戦が続き、縮小均衡を続けたようです。そして起死回生の裏技としてこのような経営に走ったと私は考えます…
が、まさかその後にもう一段階あるとは…
旧Y's Dreamも過去のものとなり、新たな段階に進んでいるくらい時は過ぎ去っているとはいえ、あまりの変化に私も愕然としてしまいました…
1997年プロのバルーンアーティストとして活動開始、2013年活動終了。Y's Dream代表として、表現者であると同時に経営者であった私。発達障害に直面し、現在は第一線を退いています。その中でいろいろ感じたことを書きとめています。
2016年3月1日火曜日
2016年2月20日土曜日
就労移行支援と就労継続支援が目指すそれぞれの方向性
こんにちは。
やはり更新頻度が落ちてしまいます…
こうも忙しいと。
仕事はスピードが勝負です。
旧Y's Dreamの時代から続いています。
だから忙しくなるのですが…
春に向けていろいろな案件が動き始めています。
1月から2月はその準備の時期で、ここをしっかりとしておかないと惰性で1年を過ごしてしまいかねません。
というわけで本題です。
先日私はとある就労移行支援事業所を訪問しました。
この就労移行支援事業所のフェイスブックを見て、「ここは厳しい訓練をしているようだ」「一度しっかり見ておきたい」と思い、事前にアポを取って訪問させていただきました。
行ってみて、事業所の訓練内容などの説明を受けた後、昼礼を見学させていただきました。注目すべきは「職場の教養」を昼礼に取り入れていること。これはそこで働く従業員に社会人としての意識の向上を図るために「倫理研究所」なる一般社団法人が発行している小冊子なのですが、これが賛否両論なのです。一部では「活力朝礼」なるものに取り入れられ、社員の意思統一が図られている一方、「職場の強要」などと揶揄され、ブラック企業を生み出すツールとして活用されているのではないかという意見も聞きます。
しかし、私から言わせていただくと、これを毎日読んで、みんなの前で感想を発表すること自体、訓練の一環とするのはありだと考えます。と言いますのも、この就労移行支援事業所は、
今まで私が見てきた中で一番厳しい就労移行支援事業所
だと思います。全国展開する就労移行支援大手でも、このようなことはしていません。おそらく全国でも屈指の厳しい就労移行支援事業所ではないでしょうか。訓練内容も
そこまでやるか
というようなものもあります。
しかし、そこまでやることによって、
企業が求める「人財」になれる
のです。
今まで私が見てきた就労移行支援事業所は、
社会人基礎力を身に着け、社会人として働く
ことに重点が置かれていたところが多かったのです。しかし、この就労移行支援事業所は
企業人、組織人として働くための能力を身に着ける
ことに特化しています。ここは一時期このブログで述べ続けていた
バスに乗せていただけるような「その企業にとって財産になるような人」を育成する
就労移行支援事業所だと実感しました。このような就労移行支援事業所は目指すべき方向性の一つであり、その方向性が徹底しているような印象がしました。
この方向性を目指す就労移行支援なら、ここくらい徹底するべきでしょう。ここを出たら、どのようなブラック企業でも定着できそうな気がするほど、徹底した企業人養成の場になっていました。この方向性を目指そうとして中途半端なことをしている就労移行支援事業所が多すぎるような気がしてならないのです、私には。
他方、もう一つの方向性があります。
それは
成功体験を身に着ける
場としての就労支援です。これはむしろ就労継続支援が目指すべき方向性であります。
私は長年バルーンデコレーターとしてやってきました。
その経験を通して、数多くの体験をしてきました。
突き抜けるような天にも舞い上がるほどの成功体験から、地を這う悔しさにまみれた失敗体験まで…
この経験それぞれが貴重であり、そのような経験をしていないからこそ、惰性で生きるようになり、結果ニートやひきこもりになってしまうのです。そしてその背景には発達障害がある場合も多いです。
そういう経験を積ませて、社会人基礎力を身に着け、社会人として働くための力を身に着ける方法もあります。というより、ほとんど成功体験を身に着けていない人たちには、こちらの方がよいと私は考えます。
成功体験を味わうことによって身につくものが
自信
なのです。その自信を身に着けるための訓練にバルーンを活用するのが私のこれからの仕事なのです。
制作した作品で人を笑顔にすることができる、これも立派な成功体験なのです。
自信を身に着けた後、直接就活するという選択もあれば、会社の中で働くためにもっと勉強したい、という人も出てくるに違いありません。進路は一人一人違って当然で、その人に会ったキャリアプランを作らなくてはいけません。その際に必要となるのが前述のような厳しい訓練を行う就労移行支援事業所なのです。
だからこそ、就労移行支援事業所や就労継続支援事業所を選ぶ際は、しっかりとした吟味が必要なのです。そこに通うのが苦痛になるという状況が一番避けなければならないことなのです。
やはり更新頻度が落ちてしまいます…
こうも忙しいと。
仕事はスピードが勝負です。
旧Y's Dreamの時代から続いています。
だから忙しくなるのですが…
春に向けていろいろな案件が動き始めています。
1月から2月はその準備の時期で、ここをしっかりとしておかないと惰性で1年を過ごしてしまいかねません。
というわけで本題です。
先日私はとある就労移行支援事業所を訪問しました。
この就労移行支援事業所のフェイスブックを見て、「ここは厳しい訓練をしているようだ」「一度しっかり見ておきたい」と思い、事前にアポを取って訪問させていただきました。
行ってみて、事業所の訓練内容などの説明を受けた後、昼礼を見学させていただきました。注目すべきは「職場の教養」を昼礼に取り入れていること。これはそこで働く従業員に社会人としての意識の向上を図るために「倫理研究所」なる一般社団法人が発行している小冊子なのですが、これが賛否両論なのです。一部では「活力朝礼」なるものに取り入れられ、社員の意思統一が図られている一方、「職場の強要」などと揶揄され、ブラック企業を生み出すツールとして活用されているのではないかという意見も聞きます。
しかし、私から言わせていただくと、これを毎日読んで、みんなの前で感想を発表すること自体、訓練の一環とするのはありだと考えます。と言いますのも、この就労移行支援事業所は、
今まで私が見てきた中で一番厳しい就労移行支援事業所
だと思います。全国展開する就労移行支援大手でも、このようなことはしていません。おそらく全国でも屈指の厳しい就労移行支援事業所ではないでしょうか。訓練内容も
そこまでやるか
というようなものもあります。
しかし、そこまでやることによって、
企業が求める「人財」になれる
のです。
今まで私が見てきた就労移行支援事業所は、
社会人基礎力を身に着け、社会人として働く
ことに重点が置かれていたところが多かったのです。しかし、この就労移行支援事業所は
企業人、組織人として働くための能力を身に着ける
ことに特化しています。ここは一時期このブログで述べ続けていた
バスに乗せていただけるような「その企業にとって財産になるような人」を育成する
就労移行支援事業所だと実感しました。このような就労移行支援事業所は目指すべき方向性の一つであり、その方向性が徹底しているような印象がしました。
この方向性を目指す就労移行支援なら、ここくらい徹底するべきでしょう。ここを出たら、どのようなブラック企業でも定着できそうな気がするほど、徹底した企業人養成の場になっていました。この方向性を目指そうとして中途半端なことをしている就労移行支援事業所が多すぎるような気がしてならないのです、私には。
他方、もう一つの方向性があります。
それは
成功体験を身に着ける
場としての就労支援です。これはむしろ就労継続支援が目指すべき方向性であります。
私は長年バルーンデコレーターとしてやってきました。
その経験を通して、数多くの体験をしてきました。
突き抜けるような天にも舞い上がるほどの成功体験から、地を這う悔しさにまみれた失敗体験まで…
この経験それぞれが貴重であり、そのような経験をしていないからこそ、惰性で生きるようになり、結果ニートやひきこもりになってしまうのです。そしてその背景には発達障害がある場合も多いです。
そういう経験を積ませて、社会人基礎力を身に着け、社会人として働くための力を身に着ける方法もあります。というより、ほとんど成功体験を身に着けていない人たちには、こちらの方がよいと私は考えます。
成功体験を味わうことによって身につくものが
自信
なのです。その自信を身に着けるための訓練にバルーンを活用するのが私のこれからの仕事なのです。
制作した作品で人を笑顔にすることができる、これも立派な成功体験なのです。
自信を身に着けた後、直接就活するという選択もあれば、会社の中で働くためにもっと勉強したい、という人も出てくるに違いありません。進路は一人一人違って当然で、その人に会ったキャリアプランを作らなくてはいけません。その際に必要となるのが前述のような厳しい訓練を行う就労移行支援事業所なのです。
だからこそ、就労移行支援事業所や就労継続支援事業所を選ぶ際は、しっかりとした吟味が必要なのです。そこに通うのが苦痛になるという状況が一番避けなければならないことなのです。
2016年2月11日木曜日
もらい事故に思う
こんにちは。
このところ非常に多忙で、かつ就労支援とバルーンの融合の話が着々と進みつつあります。
それはいいことなのですが、連日帰るのが定時より遅くなっています。
そのため今の季節、一番危ない日暮れ時が帰宅時間と重なります。
こういう時は車の運転には細心の注意を払わなければならないのですが、どれだけ細心の注意を払っていても避けることのできない事故があります。信号待ちや渋滞の最後尾などで追突される、いわゆる「もらい事故」です。
このような事故は避けられない…と思われがちなのですが、実は避ける方法があるらしいのです。その方法が
心がけ
なのだそうです。
「文句が多い」
「いつも誰かあるいは何かのせいにしている」
「いつも怒っているように見える」
人は、事故を起こす以上に、事故に巻き込まれる率が高くなると、とあるブログに書いていました。
かつての自分に当てはめてみます。
「文句が多い」=結構当てはまります。これは今も当てはまります。
「いつも誰かあるいは何かのせいにしている」=これは全く当てはまりませんでした。というかむしろ逆で、自分を常に責めていました。
「いつも怒っているように見える」=これはかなり当てはまっていました。が今はこれは当てはまりません。
5年前、2011年ごろは本当にいろいろな「災難」に巻き込まれていました。
東日本大震災の間接被災(制作した「くす玉バルーン」が津波にのみこまれた、当時の取引先は跡形もなく津波ですべてを失った、全員避難できたのが不幸中の幸い)に始まり、ヘリウムガス落下事故による骨折、挙句の果ては鹿に車が体当たりされる始末…。
今にして思えば、破たんへの序曲だったのかもしれません。
その当時を思い出すと…
とにかく必死の一言で、毎日が戦争のようでした。心に余裕がない状態でした。
そして「もっと上へ」などと、ひたすら上昇志向で、自分を極限に追い込んでいるような感じでした。そうでもしないと生き残れないという危機感がありました。とりわけ震災以降は、ブライダル市場やバルーン市場の激変についていくのが精いっぱいの状態だったと、今では思います。
このようなことを続けていてはいつかは破たんします。
自分の利益、自分の欲求を軸に情熱と勢いで結果に繋がったのは一昔前です。というか、旧Y's Dreamは、情熱と勢いで突っ走っていました。だからあれだけの作品をつくることができたのですが、時代が変わってしまったのです。
他方、私の母親は運やツキを極端に重視する人でした。父親もどちらかといえば重視していました。
これらを極端に重視する子育てをすると、反動で子供が自分で自分を追い込むようになる危険があります。そうなると
常に誰かあるいは何かのせいにする人よりたちが悪くなってしまいます。
完全主義者になってしまいます。
結果
精神障害を引き起こす危険が高くなります。
ましてや、自閉症や発達障害の子供にこのような子育てをすると、人格障害者になる危険が非常に高くなります。そのような子供が親殺しに走ったり、ひどいと社会を震撼させる凶悪犯罪を惹き起こしたりするのです。あるいは自殺をしてしまうのです。
今回の「もらい事故」の話に戻すと、相手がかなり追いつめられていた状況にあった感じがしてきました。
相手の勤務先は某大手保険会社。入社2年目。卒業大学は大都市圏の有名私大と推測できました。
大都市圏の大学出身=学生時代はペーパードライバー。東京・大阪・福岡では、公共交通機関ですべてが事足りる(名古屋は例外)。
入社2年目=まだまだ新人だが、今では新人もすぐに結果を求められる傾向にある。かなりのプレッシャーになっている状態が推測される。
このような状況から、相手の心にかなり余裕がないことが考えられ、加えて運転技術が未熟。その結果起こした事故と考えられます。
事故を起こした相手には私はその場は厳しく接しました。実況見分が終わった後、私は直ちに病院に行き、異常がないか確認しました。結果異常がなかったのですが、相手にはその旨は現時点では知らせていません。青信号だったものの前方渋滞で発進後ただちに停止せざるを得ない状況にあった私の車に追突してきたので、明らかな相手の前方不注意です。相手は当然平謝り、相手の車は大手保険会社の営業車。これで私の方に過失があるといわれたのなら、この某大手保険会社の見識と信用を疑い、その会社の本質(大手と言えどブラック…○芝が典型例)を見てしまうことになります…下手な芝居はできないはずです。
というか、私自身が変わったことを実感しました。
「自分を責め続ける」ことや「いつも怒っているように見える」状況にないのです。いま勤務している会社からは「いつも笑顔で会社を明るくしている」と評価されるまでになっています。
いま勤務している会社が「バルーン業務を勤務に取り込む」という決断を下していただいたからこのような状況になっているのですが、これはある意味英断でしょう。というか、相手の状況が理解できるようになったのです…
それもこれも、どん底を経験して、自分にひたすら向き合ったからわかることなのかもしれません…
このところ非常に多忙で、かつ就労支援とバルーンの融合の話が着々と進みつつあります。
それはいいことなのですが、連日帰るのが定時より遅くなっています。
そのため今の季節、一番危ない日暮れ時が帰宅時間と重なります。
こういう時は車の運転には細心の注意を払わなければならないのですが、どれだけ細心の注意を払っていても避けることのできない事故があります。信号待ちや渋滞の最後尾などで追突される、いわゆる「もらい事故」です。
このような事故は避けられない…と思われがちなのですが、実は避ける方法があるらしいのです。その方法が
心がけ
なのだそうです。
「文句が多い」
「いつも誰かあるいは何かのせいにしている」
「いつも怒っているように見える」
人は、事故を起こす以上に、事故に巻き込まれる率が高くなると、とあるブログに書いていました。
かつての自分に当てはめてみます。
「文句が多い」=結構当てはまります。これは今も当てはまります。
「いつも誰かあるいは何かのせいにしている」=これは全く当てはまりませんでした。というかむしろ逆で、自分を常に責めていました。
「いつも怒っているように見える」=これはかなり当てはまっていました。が今はこれは当てはまりません。
5年前、2011年ごろは本当にいろいろな「災難」に巻き込まれていました。
東日本大震災の間接被災(制作した「くす玉バルーン」が津波にのみこまれた、当時の取引先は跡形もなく津波ですべてを失った、全員避難できたのが不幸中の幸い)に始まり、ヘリウムガス落下事故による骨折、挙句の果ては鹿に車が体当たりされる始末…。
今にして思えば、破たんへの序曲だったのかもしれません。
その当時を思い出すと…
とにかく必死の一言で、毎日が戦争のようでした。心に余裕がない状態でした。
そして「もっと上へ」などと、ひたすら上昇志向で、自分を極限に追い込んでいるような感じでした。そうでもしないと生き残れないという危機感がありました。とりわけ震災以降は、ブライダル市場やバルーン市場の激変についていくのが精いっぱいの状態だったと、今では思います。
このようなことを続けていてはいつかは破たんします。
自分の利益、自分の欲求を軸に情熱と勢いで結果に繋がったのは一昔前です。というか、旧Y's Dreamは、情熱と勢いで突っ走っていました。だからあれだけの作品をつくることができたのですが、時代が変わってしまったのです。
他方、私の母親は運やツキを極端に重視する人でした。父親もどちらかといえば重視していました。
これらを極端に重視する子育てをすると、反動で子供が自分で自分を追い込むようになる危険があります。そうなると
常に誰かあるいは何かのせいにする人よりたちが悪くなってしまいます。
完全主義者になってしまいます。
結果
精神障害を引き起こす危険が高くなります。
ましてや、自閉症や発達障害の子供にこのような子育てをすると、人格障害者になる危険が非常に高くなります。そのような子供が親殺しに走ったり、ひどいと社会を震撼させる凶悪犯罪を惹き起こしたりするのです。あるいは自殺をしてしまうのです。
今回の「もらい事故」の話に戻すと、相手がかなり追いつめられていた状況にあった感じがしてきました。
相手の勤務先は某大手保険会社。入社2年目。卒業大学は大都市圏の有名私大と推測できました。
大都市圏の大学出身=学生時代はペーパードライバー。東京・大阪・福岡では、公共交通機関ですべてが事足りる(名古屋は例外)。
入社2年目=まだまだ新人だが、今では新人もすぐに結果を求められる傾向にある。かなりのプレッシャーになっている状態が推測される。
このような状況から、相手の心にかなり余裕がないことが考えられ、加えて運転技術が未熟。その結果起こした事故と考えられます。
事故を起こした相手には私はその場は厳しく接しました。実況見分が終わった後、私は直ちに病院に行き、異常がないか確認しました。結果異常がなかったのですが、相手にはその旨は現時点では知らせていません。青信号だったものの前方渋滞で発進後ただちに停止せざるを得ない状況にあった私の車に追突してきたので、明らかな相手の前方不注意です。相手は当然平謝り、相手の車は大手保険会社の営業車。これで私の方に過失があるといわれたのなら、この某大手保険会社の見識と信用を疑い、その会社の本質(大手と言えどブラック…○芝が典型例)を見てしまうことになります…下手な芝居はできないはずです。
というか、私自身が変わったことを実感しました。
「自分を責め続ける」ことや「いつも怒っているように見える」状況にないのです。いま勤務している会社からは「いつも笑顔で会社を明るくしている」と評価されるまでになっています。
いま勤務している会社が「バルーン業務を勤務に取り込む」という決断を下していただいたからこのような状況になっているのですが、これはある意味英断でしょう。というか、相手の状況が理解できるようになったのです…
それもこれも、どん底を経験して、自分にひたすら向き合ったからわかることなのかもしれません…
2016年1月24日日曜日
達成感を味わさせるのが私の仕事…のはず
こんにちは。
西日本は大寒波。
高速道路は山口より西は閉鎖。
一方広島県でも、可部より奥へはいけない状態。
吉和・豊平・大朝などは封鎖状態です(公共交通機関も止まってしまっているため)。
かろうじて新幹線など鉄道系だけが動いている状態です…
アメダスを見ると氷点下。
今夜が一番ひどいらしい。
明日はどういうことになっているのか…
そんな中、男子駅伝が開催される予定の広島市は、積雪なし。
肩すかし状態ですが…
結局男子駅伝は予定通り開催されました。
私は3年ぶりに沿道で観戦しました。
今回は宮島口で観戦しましたが…寒かった。
2011年の大朝の豪雪の様子はこちら…あまりのひどさに避難しましたが、避難先で…
2013年の男子駅伝観戦記はこちら…とんでもない大アクシデントが…
九州および山口はごく一部を除いて大混乱の模様。
広島県も北広島町をはじめ、大混乱の模様。
にもかかわらず広島~宮島~岩国だけはセーフ。
というわけで長い前置きはここまで。
ここからが今日の本題です。
今、本業の仕事で、就労継続支援B型と就労移行支援の在り方について悩んでいます。
まず就労継続支援の定義ですが、A型とB型があります。A型は雇用契約を結ぶのに対し、B型は雇用契約を結ばないという違いがあります。この結果、生活をするのに十分な給与がB型では得られないという問題がある一方、A型では営利追求と利用者の管理の両立が難しく、職員に過重な負担を強いるケースや利用者を危険にさらすようなケースが散見されています。
他方、就労移行支援では、一部で「就職予備校化」の様相を呈しています。訓練プログラムに問題があるようなところも多々あると聞きます。
さらに私が気にしているのが、利用期間の問題です。就労移行支援は一生涯のうち2年しか使えません。その2年のうちに一般就労ができなかったら、容赦なく就労継続支援に移ることを求められます。このため数字稼ぎに走るところも多く、結果「就職予備校化」につながっています。他方、就労継続支援はいつまでも利用できます。結果、障碍者年金と相まって、就労への意識が低下してしまうことに結びついているのかもしれません。
現状、精神・発達障碍者への国民年金の審査は厳しくなる傾向にあります。最初2級と判定された人が、更新の際に3級と判定され、障碍者年金の支給が停止されるケースも見られるようになりました。社会保障費の伸びを抑えるために厚生労働省の役人はあの手この手を考えています。
加えて保守化の流れによって「家族の役割強化」を志向しているといわれ、戦前における家、すなわち「イエ」の在り方に戻ろうという流れになっています。ところがこれは私自身も直面したように、画一的な家族関係を求めようとした結果もたらされる親子間の問題を引き起こしかねず、そのような問題に苦しめられている人たちを孤立させ、悪循環になってしまいます。
そのような問題に直面した私ができることといえば、
風船で人を幸せにする経験を多くの同じような障害に苦しむ人たちに味わさせ、その経験を自信に結び付けさせる
ということだと信じています。
ここ数か月述べ続けている
たくさんのくす玉をはじけさせた私として、同じ障害に苦しむ人たちの心の中にくす玉の種を植え、その種を大輪の花として開花させる手助けをする
ということは、こういうことなのです。
西日本は大寒波。
高速道路は山口より西は閉鎖。
一方広島県でも、可部より奥へはいけない状態。
吉和・豊平・大朝などは封鎖状態です(公共交通機関も止まってしまっているため)。
かろうじて新幹線など鉄道系だけが動いている状態です…
アメダスを見ると氷点下。
今夜が一番ひどいらしい。
明日はどういうことになっているのか…
そんな中、男子駅伝が開催される予定の広島市は、積雪なし。
肩すかし状態ですが…
結局男子駅伝は予定通り開催されました。
私は3年ぶりに沿道で観戦しました。
今回は宮島口で観戦しましたが…寒かった。
2011年の大朝の豪雪の様子はこちら…あまりのひどさに避難しましたが、避難先で…
2013年の男子駅伝観戦記はこちら…とんでもない大アクシデントが…
九州および山口はごく一部を除いて大混乱の模様。
広島県も北広島町をはじめ、大混乱の模様。
にもかかわらず広島~宮島~岩国だけはセーフ。
というわけで長い前置きはここまで。
ここからが今日の本題です。
今、本業の仕事で、就労継続支援B型と就労移行支援の在り方について悩んでいます。
まず就労継続支援の定義ですが、A型とB型があります。A型は雇用契約を結ぶのに対し、B型は雇用契約を結ばないという違いがあります。この結果、生活をするのに十分な給与がB型では得られないという問題がある一方、A型では営利追求と利用者の管理の両立が難しく、職員に過重な負担を強いるケースや利用者を危険にさらすようなケースが散見されています。
他方、就労移行支援では、一部で「就職予備校化」の様相を呈しています。訓練プログラムに問題があるようなところも多々あると聞きます。
さらに私が気にしているのが、利用期間の問題です。就労移行支援は一生涯のうち2年しか使えません。その2年のうちに一般就労ができなかったら、容赦なく就労継続支援に移ることを求められます。このため数字稼ぎに走るところも多く、結果「就職予備校化」につながっています。他方、就労継続支援はいつまでも利用できます。結果、障碍者年金と相まって、就労への意識が低下してしまうことに結びついているのかもしれません。
現状、精神・発達障碍者への国民年金の審査は厳しくなる傾向にあります。最初2級と判定された人が、更新の際に3級と判定され、障碍者年金の支給が停止されるケースも見られるようになりました。社会保障費の伸びを抑えるために厚生労働省の役人はあの手この手を考えています。
加えて保守化の流れによって「家族の役割強化」を志向しているといわれ、戦前における家、すなわち「イエ」の在り方に戻ろうという流れになっています。ところがこれは私自身も直面したように、画一的な家族関係を求めようとした結果もたらされる親子間の問題を引き起こしかねず、そのような問題に苦しめられている人たちを孤立させ、悪循環になってしまいます。
そのような問題に直面した私ができることといえば、
風船で人を幸せにする経験を多くの同じような障害に苦しむ人たちに味わさせ、その経験を自信に結び付けさせる
ということだと信じています。
ここ数か月述べ続けている
たくさんのくす玉をはじけさせた私として、同じ障害に苦しむ人たちの心の中にくす玉の種を植え、その種を大輪の花として開花させる手助けをする
ということは、こういうことなのです。
2016年1月10日日曜日
当事者としてできること
こんばんは。
まず以下のことを踏まえてこの記事をアップします。
私は、発達障害を抱えている当事者です。
同時に、発達障害に苦しむ人たちに一般就労の道を切り開こうとしている支援者でもあります。
さて、昨日1月9日から今日1月10日にかけて、障がい者の一般就労に取り組む当事者と支援者が参加するイベント「きらり広島2016」が開催されました。
以前このイベントが開催される、という話をとあるところで耳にしてはいたのですが、日々の仕事の忙しさからすっかりこのイベントのことを忘れてしまっていました。
そして気が付いたのは1月9日の夜…フェイスブックをチェックしていて「しまった!」と大声を上げてしまいました。
何しろ昨日1月9日は細道で離合失敗をして車をこするわ、こすった車のバンパーにDIYで補修できる車の塗料を塗ったら車の中にシンナーの臭いが充満、一時的に中毒状態になりぼーっとしてしまい、青信号に気づかずに後ろの車からドアを強引に開けられ、あわや警察沙汰になるわ、散々な一日でした。
そして迎えた今日。
旧Y's Dreamから移管した結婚式場でのスパークバルーンシャワー。
約200個の風船が舞う、感動の瞬間…この瞬間こそ「AWESOME!」と呼ぶにふさわしい感動の瞬間なのですが、終了後新郎新婦様もゲストの皆様も持ち帰らなかった風船は回収されます。
その回収された風船をこの「きらり広島2016」に持参しました。
吹き抜けから風船を降らせたのですが…
演出の内容よりも
上から風船を降らせるというサプライズを実施したことに対して感動の声が相次ぎました。
もう一度書きます。
私は発達障害の当事者です。
そして今、就労先で障碍者福祉とエンターテイメントの融合に取り組んでいます。
演出そのものはうまくいったとは到底言えません。
何しろいくつか残ってしまいました…
しかし、そうやって一瞬の驚きをいつまでも心に残る感動という形にする、そういう想いがその場にいた皆さんに通じたのだけは確かでした。
まず以下のことを踏まえてこの記事をアップします。
私は、発達障害を抱えている当事者です。
同時に、発達障害に苦しむ人たちに一般就労の道を切り開こうとしている支援者でもあります。
さて、昨日1月9日から今日1月10日にかけて、障がい者の一般就労に取り組む当事者と支援者が参加するイベント「きらり広島2016」が開催されました。
以前このイベントが開催される、という話をとあるところで耳にしてはいたのですが、日々の仕事の忙しさからすっかりこのイベントのことを忘れてしまっていました。
そして気が付いたのは1月9日の夜…フェイスブックをチェックしていて「しまった!」と大声を上げてしまいました。
何しろ昨日1月9日は細道で離合失敗をして車をこするわ、こすった車のバンパーにDIYで補修できる車の塗料を塗ったら車の中にシンナーの臭いが充満、一時的に中毒状態になりぼーっとしてしまい、青信号に気づかずに後ろの車からドアを強引に開けられ、あわや警察沙汰になるわ、散々な一日でした。
そして迎えた今日。
旧Y's Dreamから移管した結婚式場でのスパークバルーンシャワー。
約200個の風船が舞う、感動の瞬間…この瞬間こそ「AWESOME!」と呼ぶにふさわしい感動の瞬間なのですが、終了後新郎新婦様もゲストの皆様も持ち帰らなかった風船は回収されます。
その回収された風船をこの「きらり広島2016」に持参しました。
吹き抜けから風船を降らせたのですが…
演出の内容よりも
上から風船を降らせるというサプライズを実施したことに対して感動の声が相次ぎました。
もう一度書きます。
私は発達障害の当事者です。
そして今、就労先で障碍者福祉とエンターテイメントの融合に取り組んでいます。
演出そのものはうまくいったとは到底言えません。
何しろいくつか残ってしまいました…
しかし、そうやって一瞬の驚きをいつまでも心に残る感動という形にする、そういう想いがその場にいた皆さんに通じたのだけは確かでした。
2015年10月23日金曜日
リフレーミング
こんにちは。
ネガティブ思考を変えるためのトレーニングとしてあるものが
リフレーミング
です。
NLP(神経言語プログラミング)においては、
出来事の枠組み(フレーム)を変えることで、人生における選択の幅を広げ、
どのような出来事にも必ずプラスの意味があることを教えてくれます。
とあります。(ソウス…NLP学び方ガイド:日本NLP協会監修)
有名なのが
コップに水が半分残っているとき
もう半分ある→ポジティブ思考あと半分しかない→ネガティブ思考
ということを「あと半分しかない」という思考から「もう半分ある」という思考に変えるようにするということです。
常に
「物事は最悪を考える」
ということばかりしている人にとっては難しいのかもしれません。
いわゆる「ペシミスト(=悲観主義者)」にとってはこれは苦しいトレーニングです。
私がまさにこれでした。というよりもともと私の考えが
「最悪の結果を予想して少しでも良い結果が出るようにする努力を積み重ねる方が楽だ」
というものだったので、この思考の癖は容易に治りません。
つまり
最悪を基準にしていた
のです。
こうなると、いわゆる
底割れ
すなわち自分の予想していた「最悪」よりひどい事態に陥った時、大変危険なことになりかねません。下手をすると「底なし沼」となり、いつまでも泥沼から抜け出せず、挙句の果ては自殺に至りかねず、非常に危険な思考です。
ところが、ここへきて、すごいポジティブな内容の記事があったりします。
いい例が↓のような記事です。
合同面接会が終わって、自己診断をしてみたのですが、
気分の浮き沈みが非常に激しい
という短所がありました。しかし、これを長所に置き換えてみると
気分のいい時は、どんな困難にも立ち向かえ、ものすごいパワーを発揮できる
ということがわかりました。
風船には人の気持ちを高揚させ、元気にするパワーがあります。そのパワーと私のパワーが化学反応すると、とてつもないパワーを発揮し、多くの人を幸せにできるということに改めて気が付いたのです。
まさにこれがリフレーミングなのです。
ある転職コンサルタントは
水商売を10年以上やってきたのと同じ
と断じ、全く評価しませんでした。そのような見方もあるのが事実であり、転職市場ではそのような見方が主流です。しかし、
全く何もないところから10年以上かけてあれだけのものを築き上げた
ということ自体が素晴らしいことであるのもまた事実だったのです。
先日の記事にもあるように
自分で自分のためにくすだまを開いてお祝いしましょうよ!
自分の長所を祝ってあげましょうよ!!
どんなに短所ばかりの人も、一つぐらいいいところがあるはず!
それを自分で祝ってあげれば、絶対そこから道は開けるよ!
周りの人で、ネガティブ思考ばかりに陥っている人がいたら、ポジティブな気持ちになれるようにその人を元気づけてあげましょうよ!
ネガティブ思考を変えるためのトレーニングとしてあるものが
リフレーミング
です。
NLP(神経言語プログラミング)においては、
出来事の枠組み(フレーム)を変えることで、人生における選択の幅を広げ、
どのような出来事にも必ずプラスの意味があることを教えてくれます。
とあります。(ソウス…NLP学び方ガイド:日本NLP協会監修)
有名なのが
コップに水が半分残っているとき
もう半分ある→ポジティブ思考あと半分しかない→ネガティブ思考
ということを「あと半分しかない」という思考から「もう半分ある」という思考に変えるようにするということです。
常に
「物事は最悪を考える」
ということばかりしている人にとっては難しいのかもしれません。
いわゆる「ペシミスト(=悲観主義者)」にとってはこれは苦しいトレーニングです。
私がまさにこれでした。というよりもともと私の考えが
「最悪の結果を予想して少しでも良い結果が出るようにする努力を積み重ねる方が楽だ」
というものだったので、この思考の癖は容易に治りません。
つまり
最悪を基準にしていた
のです。
こうなると、いわゆる
底割れ
すなわち自分の予想していた「最悪」よりひどい事態に陥った時、大変危険なことになりかねません。下手をすると「底なし沼」となり、いつまでも泥沼から抜け出せず、挙句の果ては自殺に至りかねず、非常に危険な思考です。
ところが、ここへきて、すごいポジティブな内容の記事があったりします。
いい例が↓のような記事です。
合同面接会が終わって、自己診断をしてみたのですが、
気分の浮き沈みが非常に激しい
という短所がありました。しかし、これを長所に置き換えてみると
気分のいい時は、どんな困難にも立ち向かえ、ものすごいパワーを発揮できる
ということがわかりました。
風船には人の気持ちを高揚させ、元気にするパワーがあります。そのパワーと私のパワーが化学反応すると、とてつもないパワーを発揮し、多くの人を幸せにできるということに改めて気が付いたのです。
まさにこれがリフレーミングなのです。
ある転職コンサルタントは
水商売を10年以上やってきたのと同じ
と断じ、全く評価しませんでした。そのような見方もあるのが事実であり、転職市場ではそのような見方が主流です。しかし、
全く何もないところから10年以上かけてあれだけのものを築き上げた
ということ自体が素晴らしいことであるのもまた事実だったのです。
先日の記事にもあるように
自分で自分のためにくすだまを開いてお祝いしましょうよ!
自分の長所を祝ってあげましょうよ!!
どんなに短所ばかりの人も、一つぐらいいいところがあるはず!
それを自分で祝ってあげれば、絶対そこから道は開けるよ!
周りの人で、ネガティブ思考ばかりに陥っている人がいたら、ポジティブな気持ちになれるようにその人を元気づけてあげましょうよ!
2015年10月15日木曜日
いかにしてバスに乗せてもらえるような人になるか?というか…
こんにちは。
またしても「ビジョナリーカンパニー」関連の話です。
今日の参考ソウス
今の企業の採用基準は
どういう人材が必要か
というよりもむしろ
価値観を共有できる人材かどうか
が重要視されていると思います。
そのような状況の中では、たとえ築き上げた実績が輝かしいものであったとしても、時代及び経営環境などの変化によって、バスを降ろされてしまう(=企業などから追い出されてしまう)という現状があります。
あるいは「自分はもはや必要とされていない」と感じて、自らバスを降りる決断をする人もいます。
私はバルーン業界に対して、自らバスを降りるべきか否か悩んでいる面があります。
「ビジョナリーカンパニー」にもありますが、
成長の結果複雑化して軋みが生じ、足元をすくわれるケースが見られます。
旧Y's Dreamはまさしくそうでした。
そして成長するにつれて、重要になってくるのが「規律」。
しかし、私は「規律は一つ間違えると{縛り}になってしまう。がんじがらめにしてしまうのはその人にとっても良くない」という考えから、最低限の規律(というか、「嘘をつかない」など、人間として最低限レベルの規律)しか求めませんでした。
結果、それが誤りだったのです。
その結果、Y's Dreamは限界を超えてしまい、破たんに至ったのです。
他方、社会のグローバル化と成熟化で、雇用市場は
人は足りない、でも本当に必要な人しかいらない
という、
見かけだけの売り手市場
になってしまいました。
こうなると、本当に必要になってくるのが
学習棄却(アンラーニング)
であり、
組織再社会化
なのです。
この主張、最近たびたび私もしています。
一方で、就労移行支援施設に通う障害のある方々、特に発達障害の方にとって、このような状況自体が高いハードルになっています。
私自身がこの状況は痛感しています。
私の場合
いかにしてバスに乗せてもらえるような人になるか
という努力をしても、根本的なところに欠陥がある(=発達障害=自閉症スペクトラム{=アスペルガー症候群})ため、極めて厳しいものがあります。
そして血眼になって
人格改造・気質改造
に取り組めるところを探し回りましたが、あったのは
「戸塚ヨットスクール」
か、もしくはそれをお手本にしたようなところばかりでした。
そしてたどり着いた結論が、
就労移行支援に2年という期限を行政が一方的に定めたところに大きな問題がある。
就労継続B型から一般就労への道を切り開く必要があるのではないか
ということでした。
この道を切り開くのに
バルーンアートは大きな役目を果たすことができるのではないか、と私は考え始めています。
そのためバルーン業界というバスから降りようにも降りれない状況が起きているのです。
というか、このような取り組みは
前例がありません。
バルーン業界自体、21世紀になるまでは本当に
道なきところに道を創る
ような状態でした。それが今では小さいとはいえ、一つの産業になっています。
運送・労働市場、さらには周辺業界の環境変化などで、パイはピーク時よりはやや小さくなっていますが、スパークバルーン宅配の市場は私が切り開いたといっても過言ではありません。はっきり言ってこれは本来
大いに誇れる履歴
なのです。…が、これをとあるキャリアコンサルタントは
10年以上ホストをしていたのと同じ
と切り捨ててしまったのです。
私の両親も同じ評価をしていたのです。
私がプロのバルーンアーティストであることをやめたことによって、失ったものはとても大きいです。
客観的に見れば私の10年以上は
サンクコスト(=埋没費用)
だったと思われても仕方ないし、現に私もそう思っていました。
そのような愚挙を犯してしまった私ですが、結果としては
バスに乗せる価値のない人
という社会的評価を下されてしまったのです。
その理由が
価値観を築いてしまった
ことによるものでした。
そのような価値観は、バスに乗せたい人を探す側、すなわち企業にとっては、邪魔者以外の何物でもなかったのです。
SSTに自己分析に面接トレーニングを積んでも、その企業の価値観に合わなければ、それまでなのです。
そのような現状を踏まえて、その企業に価値観を合わせるトレーニングをするような「就活塾」まで現れているのが実態なのです。
「自分が会社に何ができるか」
ということ以上に
「いかにしてこの会社に必要な人材になるか」
の方が重要になってしまったのです。
能力以上に協調性、それ以上に柔軟性と自己犠牲力が求められる
時代になってしまったのです。
このような時代、それぞれが生まれ持ったものによって人生が左右されるという、極めて厳しい状況が起きています。
バランス感覚、人間力といったものは、SSTなどのトレーニングによってある程度伸びますし、一定の水準までは達することができます。しかしそれ以上になると、
持って生まれたものに左右されます
さらに
幼少期の両親の子供に対する接し方も非常に重要です
今、大人になってから発達障害があぶりだされている人が増えているのも、昭和期の子育ての常識の誤りが背景にあると私は思います。
今は当時の子育ての常識が間違っていたということが周知され、加えて療育が充実しています。
ある意味今は過渡期なのかもしれません。
そのような状況下で、自信を失った人たちに自信を取り戻すツールとしてバルーンを活用していくのが今後の私の果たす役目なのではないか、
と思います。
最後にもう一度言います。
風船と出会わなければ、私は今頃この世の中にいないか、塀の中にいるかのどちらかだったかもしれません。
バス停で待っていてもバスになかなか乗せてもらえないのが現実である
またしても「ビジョナリーカンパニー」関連の話です。
今日の参考ソウス
今の企業の採用基準は
どういう人材が必要か
というよりもむしろ
価値観を共有できる人材かどうか
が重要視されていると思います。
そのような状況の中では、たとえ築き上げた実績が輝かしいものであったとしても、時代及び経営環境などの変化によって、バスを降ろされてしまう(=企業などから追い出されてしまう)という現状があります。
あるいは「自分はもはや必要とされていない」と感じて、自らバスを降りる決断をする人もいます。
私はバルーン業界に対して、自らバスを降りるべきか否か悩んでいる面があります。
「ビジョナリーカンパニー」にもありますが、
成長の結果複雑化して軋みが生じ、足元をすくわれるケースが見られます。
旧Y's Dreamはまさしくそうでした。
そして成長するにつれて、重要になってくるのが「規律」。
しかし、私は「規律は一つ間違えると{縛り}になってしまう。がんじがらめにしてしまうのはその人にとっても良くない」という考えから、最低限の規律(というか、「嘘をつかない」など、人間として最低限レベルの規律)しか求めませんでした。
結果、それが誤りだったのです。
その結果、Y's Dreamは限界を超えてしまい、破たんに至ったのです。
他方、社会のグローバル化と成熟化で、雇用市場は
人は足りない、でも本当に必要な人しかいらない
という、
見かけだけの売り手市場
になってしまいました。
こうなると、本当に必要になってくるのが
学習棄却(アンラーニング)
であり、
組織再社会化
なのです。
この主張、最近たびたび私もしています。
一方で、就労移行支援施設に通う障害のある方々、特に発達障害の方にとって、このような状況自体が高いハードルになっています。
私自身がこの状況は痛感しています。
私の場合
いかにしてバスに乗せてもらえるような人になるか
という努力をしても、根本的なところに欠陥がある(=発達障害=自閉症スペクトラム{=アスペルガー症候群})ため、極めて厳しいものがあります。
そして血眼になって
人格改造・気質改造
に取り組めるところを探し回りましたが、あったのは
「戸塚ヨットスクール」
か、もしくはそれをお手本にしたようなところばかりでした。
そしてたどり着いた結論が、
就労移行支援に2年という期限を行政が一方的に定めたところに大きな問題がある。
就労継続B型から一般就労への道を切り開く必要があるのではないか
ということでした。
この道を切り開くのに
バルーンアートは大きな役目を果たすことができるのではないか、と私は考え始めています。
そのためバルーン業界というバスから降りようにも降りれない状況が起きているのです。
というか、このような取り組みは
前例がありません。
バルーン業界自体、21世紀になるまでは本当に
道なきところに道を創る
ような状態でした。それが今では小さいとはいえ、一つの産業になっています。
運送・労働市場、さらには周辺業界の環境変化などで、パイはピーク時よりはやや小さくなっていますが、スパークバルーン宅配の市場は私が切り開いたといっても過言ではありません。はっきり言ってこれは本来
大いに誇れる履歴
なのです。…が、これをとあるキャリアコンサルタントは
10年以上ホストをしていたのと同じ
と切り捨ててしまったのです。
私の両親も同じ評価をしていたのです。
私がプロのバルーンアーティストであることをやめたことによって、失ったものはとても大きいです。
客観的に見れば私の10年以上は
サンクコスト(=埋没費用)
だったと思われても仕方ないし、現に私もそう思っていました。
そのような愚挙を犯してしまった私ですが、結果としては
バスに乗せる価値のない人
という社会的評価を下されてしまったのです。
その理由が
価値観を築いてしまった
ことによるものでした。
そのような価値観は、バスに乗せたい人を探す側、すなわち企業にとっては、邪魔者以外の何物でもなかったのです。
SSTに自己分析に面接トレーニングを積んでも、その企業の価値観に合わなければ、それまでなのです。
そのような現状を踏まえて、その企業に価値観を合わせるトレーニングをするような「就活塾」まで現れているのが実態なのです。
「自分が会社に何ができるか」
ということ以上に
「いかにしてこの会社に必要な人材になるか」
の方が重要になってしまったのです。
能力以上に協調性、それ以上に柔軟性と自己犠牲力が求められる
時代になってしまったのです。
このような時代、それぞれが生まれ持ったものによって人生が左右されるという、極めて厳しい状況が起きています。
バランス感覚、人間力といったものは、SSTなどのトレーニングによってある程度伸びますし、一定の水準までは達することができます。しかしそれ以上になると、
持って生まれたものに左右されます
さらに
幼少期の両親の子供に対する接し方も非常に重要です
今、大人になってから発達障害があぶりだされている人が増えているのも、昭和期の子育ての常識の誤りが背景にあると私は思います。
今は当時の子育ての常識が間違っていたということが周知され、加えて療育が充実しています。
ある意味今は過渡期なのかもしれません。
そのような状況下で、自信を失った人たちに自信を取り戻すツールとしてバルーンを活用していくのが今後の私の果たす役目なのではないか、
と思います。
最後にもう一度言います。
風船と出会わなければ、私は今頃この世の中にいないか、塀の中にいるかのどちらかだったかもしれません。
バス停で待っていてもバスになかなか乗せてもらえないのが現実である
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